オリンピックとゴルフ (ヒトラーのゴルフ秘話) 偉大なるゴルフ 摂津茂和著

  • 2015年03月02日

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今日はオリンピックとゴルフの関係を摂津茂和著の「偉大なるゴルフ」に書かれている一説でご紹介!

2016年のオリンピックでゴルフが112年ぶりに復活とゴルフ界は今大いに盛り上がっておりますが、
実は1900年パリの第2回大会、そして1904年のセント・ルイス大会の第3回大会だけではなく、1936年のベルリン大会の第11回大会でも行われております!

ですので正確には80年ぶりというのが正しい見解でございます!

この本に書かれている事によると、とても不思議なことに最初のパリ大会からのゴルフ競技の記録がなく、1976年のロンドンの新聞「サンデー・タイムス」のオリンピック記事で初めて判明したくらいです。
それもコースや優勝者、競技記録などは全く不明ということです。

なぜ不明であるかというとその原因は、ゴルフがマイナースポーツである事がいえます。
パリ大会は、オリンピック創始者クーベンタン男爵を表彰するための大会とされ、資金難で万国博と共同で行われ、競技場もパリのボア公園内の一周100メートルの小さなレース・コースを使用し、オリンピック史上最も貧弱で不成功に終わった上、その頃のフランスでは「ゴルフ場に行くのは女のキャディーだけ」と言われたくらいゴルフは不人気な競技であったといわれております!

2回目のセント・ルイス大会もこれ又不思議に、当時のアメリカのゴルフ週刊誌にさえ報道されずに長い間不明とされておりました。

しかし、このセント・ルイスにおける大会の金メダルは、カナダのロイヤル・カナディアン・ゴルフ・アソシエーションの博物館に展示されている事がわかりました。

優勝したのは、ジョージ・ライオンというカナダの選手。

カナダのトロントランプトン・ゴルフクラブの会員で最初36ホールの予選をし32名を選び抽選で2名ずつ組み合わせマッチプレーでの勝ち抜き戦ということです。

この大会も、主催国のアメリカの新鋭チャンドラー・イーガンとの決勝大会は、終始ライオンの豪快な長打で圧倒!34ホールめで3&2でジョージ・ライオンの優勝となり、外国人に金メダルを奪われたということなのか、記録や写真が何一つ残っていないようでございます。

そして、最後の3度目の大会はというと、当時ナチスの象徴アドフル・ヒトラー総統がドイツの国威発揚のためオリンピック史上もっとも巨額の国費を投入した破天荒な大会となりました。

これほど大規模な大会であってもまたしてもゴルフ競技だけは、例によってなんの記録もなく、恐らく英米でも長い間知られていなかったと書かれております!

そんな中、著者の摂津茂和氏が入会しているアメリカのゴルフ・コレクターズ・ソサエティの会報で判明いたします。

1951年ロンドンの画廊ハッチンスン・ハウスでイギリスの60の各種スポーツ団体から出品された優勝トロフィーの展示会が催され、その中にイングランド・ゴルフ・ユニオンの出品で、ドイツ総統が寄贈した見事な銀製トロフィーがひと際注目を集めました!!

そのトロフィーにはこう説明が書かれておりました。
「このトロフィーはアドルフ・ヒトラー総統が、ベルリンオリンピックのゴルフ競技に寄贈せる世界でただ一つしかない稀品で、しかもゴルフがオリンピックの競技種目に取り入れられた最後のものである」

この大会は、フランス国境に近いヨーロッパ湯数の保養地、バーデン・バーデンのゴルフコースで行われ、第3ラウンドを終えた時点で、ドイツチームの優勝の公算が濃厚となったためヒトラー自ら赴いて母国チームに優勝トロフィーを授与することとなりました。

ところが最終ラウンドにはいると予想を裏切って、イギリスチームのトマス・サースクと、アーノルド・ベントリーの善戦でイギリスの逆転優勝となりました。
この逆転経過を現地に向かう汽車の中で聞いたヒトラーは、ひどく機嫌をそこねて急きょ旅行を取りやめ、ドイツ・ゴルフ・ユニオン会長のフォン・ヘンケルにトロフィー授与を命じて、そのままベルリンに引き返したというお話でございます。

さあ2016年オリンピックがブラジルで!
そして2020年東京オリンピックでゴルフが復活です!!

これからのゴルフ若人たちに期待!!


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